聴覚障害の殆どは後天性ということをご存知でしょうか?
内閣府の障害白書によると聴覚障害の原因は、不詳・不明が 61.7%となっており、総務省の報告によれば15~79歳の約3人に1人は難聴自覚者といわれています。
つまり、聴覚障害は他人事ではありません。私自身も20歳の頃に左耳の聴力を失いました。
そのように、あなた自身や家族、そして友人も聴覚障害になる可能性が十分にあり得ます。
特に今、世界的に難聴が増加しています。特に若い方で難聴になる人が増えており、世界保健機関(WHO)も世界の若者(12~35歳)の半数近くに当たる11億人が難聴になる危険性が高いと警告しています。
なぜ増加しているかというと、スマートフォンが普及したことで音楽を長時間にわたり大音量で聴く若者が増えたからです。高線量の放射線を曝露するとその部位に障害がでるように、音も同じで大音量を曝露すると音を電気信号に変換する内耳の有毛細胞がダメージを受けます。そしてダメージを受けた有毛細胞は元に戻らないので、そのまま聴力も失います。これが騒音性の難聴です。また、音は常に耳から入りますから大音量でなくても長年にわたり音を感知し続けている有毛細胞は少しづつダメージを受けて聞こえなくなっていきます。それが加齢性の難聴です。
人間の可聴範囲は20Hz~2万Hzといわれており、4000Hz付近の聴覚の感度が高いため、騒音性難聴は4000Hz付近から聞こえなくなります。
内耳の蝸牛の中では高い周波数から低い周波数を感知するように有毛細胞が並んでいるので、加齢性の難聴は高い周波数から聞こえなくなります。
騒音性難聴も加齢性難聴も音を感知するところがダメージを受けて聞こえづらくなっていることから感音性難聴といわれています。
ですから、補聴器をつけて音を増幅しても感知できない周波数は感知できないままです。
もちろん、補聴器を用いると聴覚で感知できない周波数の音を聴覚で感知できる周波数帯域に圧縮して聞こえるようにすることはできます。
しかしながら、補聴器を使うと感音性難聴で聞こえる周波数帯域が狭くなったところに全ての周波数帯域の音が入りこむので、少しの雑音も大きなノイズに感じるため常に音によるストレスを抱えることとなります。その上、圧縮された音ですから元の聴こえとは変わってしまいます。
このことは診療放射線技師であれば理解しやすいのではないでしょうか。医用画像をダイナミックレンジが狭い中で画像処理することをイメージしてもらえればいいので。
そうして理解すればするほど、補聴器をつけている方に、不用意に大きな声で話しかけることが、どれだけ相手にストレスをかけていることになっているかも想像できると思います。
あと、聴覚に障害がある人の全てが身体障害者手帳を持っているわけではないということをご存知でしょうか?
日常会話の声の大きさは40dB~60dBといわれており、これらの大きさの声が聞こえづらい中等度難聴はコミュニケーションに支障がでますからWHOではサポート対象と定義されています。ですが、日本では70dB以上の高度や重度難聴でようやくサポート対象となる身体障害者手帳を持つことができます。日本の障害者政策は第二次世界大戦後の帰国兵士を中心とした身体障害者(傷痍軍人)の雇用等のために制定されたものだからです。
従って、日常会話が聞こえづらい中等度難聴の方々は障害者手帳も持っていないですし話すことができて、補聴器をつけていない方が多いので外見上で気づくことができません。
また、外見上どころか聴力検査をしても気づくことができない聴覚障害もあります。それは、「聴覚情報処理障害(APD: auditory processing disorder)」です。APDは、聴力検査では正常であるにもかかわらず、聞き取りにくさをを訴える症状のことをいいます。APDの主訴としては、「聞き返しが多い」「聞き誤りが多い」「雑音など聴取環境が悪い状況下での聞き取りが難しい」「口頭で言われたことは忘れてしまったり、理解しにくい」「目に比べて耳から学ぶことが困難である」「長い話になると注意して聞き続けることが難しい」などがあります。海外の報告でAPD児の出現率は7%といわれており、近年になって日本でもAPDの研究が始まっているくらいなので、日本ではAPDだと自覚していない方々が多いと考えられます。ということで、相手に伝える時には「音声のみでは伝わらない」ということを知っておく必要があります。
特に教育する立場の方々は、注意しなければなりません。教えたことを後輩や生徒が理解していない原因は、伝え方が悪いことが考えられますから。私も振り返れば、「なんども丁寧に話をしても伝わらない」「話していることをメモしない」「聞いたことを理解できずに本人も悩んでいる」というような後輩が数人いました。もしあの時、APDのことを知っていればと思い出すたびに悔やむばかりです。 ですから今、私が伝える時には、特に学会発表や講演などでは、話すだけではなくスライドに話す内容の文字も投影するようにしています。話が聞こえる聞こえない、聞くだけだと理解できないなど関係なく、伝えたい内容が伝わるような工夫です。それは「障害の社会モデル」でもあります。
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